鷹村豊
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『スカボロー』は必ず書き上げます。
2008-10-21 Tue 18:37
小説『スカボロー』は必ず書き上げます。

もう少しだけ、時間をください。



ごめんなさい。



鷹村豊







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毎年約3万人の日本人が自殺していて亡くなった彼らの多くも同じような罵声を浴びて殺されているのだが、そのことを知っている日本人はどれほどいるのだろうか。
2008-06-21 Sat 03:09
バンコクの6月は夕方に毎日決まったように夕立が降る。でも湿気は余りないし、日中の暑さもそれほどではないから過ごしやすい。

タイでは連日のようにテレビや新聞で米価の急騰によって庶民の生活が苦しくなっていることを伝えている。米輸出大国のタイですら米価高騰の影響は大きいし、事実上の米輸出規制も始めている。

「金を払うから米を売ってくれ」

と言っても米を買えない時代がやってきつつあるのだが、こんなことはほとんど誰も信じないだろう。

今週地元の大学生と立ち話をしていた(海外にいるとどういうわけか、知らない人と対話をすることが多い。日本では下手に話しかけたりすると一日やな思いをすることになるので黙っているけど)。そのタイ人の大学生の女の子は来年就職を控えているのだが、日本語が少しできたので

(ぼく)「日本語ができると就職に有利なの?」
(女の子)「ほとんど関係ないと思う」

と言っていた。バンコク郊外にはホンダの工場もあるから、タイ経済と日本企業の結びつきは相変わらず強いが、それは大企業に限ったことなのかもしれない。タイにおいて日本の影響はどんどん弱まっている。以前語学学校で知り合ったバンコクの名門大学で経済を学んでいた女の子は、

「今は英語を勉強しているけど、今度は中国語を勉強したい」
「日本語は勉強したくない?」

と僕が尋ねると彼女は笑っていた。優しい子だったので明言しなかっただけで、『日本はもう駄目だ』と思っていたのだろう。


            ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


今年に入ってからバンコクの大通りでは目に見えてホームレスが増加している。去年までいつもホームレスがひとりだけだったスカイトレインの階段下に今週、子供から年寄りまで5人ものホームレスがいてとても驚いた。夫婦のホームレスもたまに見かける。ホームレス問題は経済の歪み(ひずみ)が生み出した社会問題なので、景気がそれほど悪くないタイ経済も沈みかけているのかもしれない。1997年に起こったアジア通貨危機が再来する、とエコノミストたちが口にし始めている。



ところで先日地元の新聞でタイの自殺者数に関する記事があった。タイの昨年(2007年)の自殺者数は約3500人だった。自殺の主な理由はエイズなどの病苦だった。日本人のように、会社のストレスや学校のいじめが原因で自殺したタイ人はいるのだろうか?地元の新聞にそのことに関する記述がなかったので、おそらくそういう人はあまりいないのではないだろうか。

日本とタイでは人口数が違うから自殺者数だけでは単純に比較できないが、過剰なストレスが原因で重度の鬱病になって、自殺に至る日本人の気持ちはタイ人には永遠にわからないだろう。



日本社会は異常だ。



(ある日本人男性、派遣社員、独身)私も派遣歴6年になりました。年齢も36歳になり職場も転々としながらも何度も社員登用の面接に行きました 。先日、面接に行った面接官からは、「貴方の生きている目的は何?こんな地に足を着かない事して・・・私に は貴方達のような方達が生きている理由が事が理解できない」っと言われました。社員雇用の面接官の気持ち・・派遣は使い捨ての道具の一つとしか考えてない企業・・・格差社会である為に己 の人間としての価値のなさを実感しております。

本当、先日起きた秋葉原の事件は私は犯人に激しく同情しております。

以前、最大手の通信業で働いてた時に社員達が業務ストライキしました。当然、派遣も強制休業され給料は貰え ない・・・理由は派遣を雇ってる分、社員の賞用の増額を求めるストライキでした・・・。なんか情けない思い でした・・・。派遣を採用する会社や社員はそのような気持ちしか持ってません。不幸を笑っている社員には殺意も持ってしまう場合もあります。今年は、まだ一度も働いてません・・当然、収入は0円。毎日が食べ物に困 ってます。


           ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
   

先日イランで誘拐され開放された日本人に対する『自己責任論』がまた騒がれている。僕は海外生活者なので、近い将来犯罪に巻き込まれて地元のテロリストに誘拐でもされたら、JALの政府専用機なんかに無理やり乗せられて、成田空港に着いた途端、メディアや日本国民から悪意に満ちた嘲笑と罵声を浴びるのだろうか。


毎年約3万人の日本人が自殺していて亡くなった彼らの多くも同じような嘲笑と罵声を浴びて殺されているのだが、そのことを知っている日本人はどれほどいるのだろうか。






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自分もいつか誰かを殺してしまうかもしれない、とイメージすることは現代の日本に生きていく上で無駄にはならない。
2008-06-13 Fri 00:50
秋葉原の通り魔殺人事件について何か言わないといけないと思って文章にしてみたのだが、あえて公表するまでもないという判断をして自分の書いた文章をブログ上から消去した。

犯人の深い心の闇に何があったのだろうか、と煽っているマスコミだが、いつものように日常に不満があるストレス過多の一般市民のカタルシスを得るために殺人事件が消耗品のように扱われる。この事件も来週にはほとんど忘れ去られ、新たな凶悪犯罪がまたメディアによって消費される。


もう何も書かないで静観するというのがいいような気がする。


だが、殺人事件の犯人を自分たちとは異質なものとして共同体の外に追いやる、という日本社会のいつものやり方が通用しなくなってきていることは間違いないと思う。


友達がいない。
恋人がいない。
両親との確執。
自分の容姿に激しいコンプレックスがある。
派遣社員として会社や社会から冷遇されている。
成功者を妬んでいる。


ほかにもっと重大な何かが事件の真相にあるのではないか、という疑念がまるでわいて来ない。信じられないことだが、本当にこの程度のことで車で3人をひき殺し、サバイバルナイフを通行人に突き刺したのだろう。あえて時間とエネルギーをかけて想像するまでもない気がする。そして言いようもない徒労感がいつものようにあるだけだ。

同じ思い、境遇の日本人はいくらでもいる。つまり、誰もが殺人事件の加害者、被害者になり得るということだ。

ある本で読んだのだが、ある精神科医の話によると欧米人はトラウマを個人で受け止めることができるが、日本人は地域でつまり共同体でトラウマを引き受ける、というものだった。さきの阪神大震災でも震災後PTSDのカウンセリングを受診した日本人は少なかったという。トラウマを共同体全体で引き受けるという幻想自体大変危険なことだが、この話はまた改めてしよう。


良くも悪くも地域社会が急速に崩壊し、地域や組織に依存できなくなりつつある日本社会において、個人を強要され、個人であることに耐えられなくなったひとりが先週秋葉原で車やサバイバルナイフで無差別に殺傷した。今度の事件において『通り魔殺人』というよりも『テロ行為』といったほうが正確なような気がする。理由は漠然としてよくわからないが、そんな気がする。

約20人を殺傷した後警察官に取り押さえられた加藤は現場から逃亡しなかった。現場で自殺すらしなかった。テレビに映っていたその表情は殺害にエネルギーを使い果たし恍惚としていた。殺しに快楽を覚える加藤と同じ種類の日本人が彼に憧れを抱いたかもしれない。


加藤に共感を覚えた日本人が全国に散らばっている。


数多くの日本人は個人であることを求めていない。正確に言えば、個人でいられないのだ。安らかなる組織や共同体の庇護を受けながらその一部であることを自ら求めているのだから、この手の殺人事件は今後も起こることは疑いようがない。


加藤もまた共同体に疎外され、世間に憎しみを募らせ、自爆した。




誰も愛せない。結婚もできない。家庭もない。魅力がないので友人もいない。自分以外の他人も同じ苦しみを抱えているということすら想像できない。そういう自分と向き合うだけの勇気がない。


そういう男が起こした事件だとすると、犯罪者予備軍はすぐそばにいることになる。


そして国家や地域社会の庇護もなく生きることがどれほど過酷で恐ろしいことか。
これからそれがわかる。



自分もいつか誰かを殺してしまうかもしれない、と想像することは現代の日本に生きる上で無駄にはならない。









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死ぬ間際まで愛してくれる男を知らない。
2008-05-27 Tue 20:06
昨夜本を読むのにも疲れて、腹も減ってきたのでコンビニに夜食を買いに出かけた。時計の針は午前2時を回っていた。

セブンイレブンの前にはダンボールの上で眠る痩せた老人のホームレスがいた。その横には眠れないのか、コンクリートの階段にうずくまっている中年のホームレスが黙ったまま宙を見つめていた。白髪で50代中頃。彼はゆっくりと立ち上がると曲がった腰に、レインボーカラーの大きな汚れたビニール袋を背負って、片足を引きずるようにしてどこかへ消えた。彼はヘルニアを患っていたのかもしれない。もし自分がヘルニアの体でコンクリートの床の上に寝ることになったら、と想像するタイ人は皆無に等しいようだ。バンコクも東京同様、何もない街だと思うようになった。

どんなに粗末でもいいから、簡易ベットのある施設ぐらい用意できないものだろうか?

タイは先進国ではないから、日本のように物価は高くない。日本円の強みを生かしてバンコク郊外に安くて広い土地を購入してアパートを建て、バンコクのホームレスの人々を受け入れる。敷地内に工場を併設して仕事も与える。金なんかそれほどかからないはずなのに、誰もやらない。

政治家や役人に外交を任せている限り、タイと日本の間に豊かな国交は育たない。だから民間レベルでやるしかないのだが、こういう必要な資金に限って金は集まらない。

答えは簡単だ。
カネにならないからだ。

そしていつものように出来もしない妄想をして、頭が混乱してきて、無力感に襲われる。

タイでは自宅や自分の店、会社の前などでホームレスが眠っていても、まるで野良犬の追い払うように彼らに冷たく接したりしない。彼らが眠っている横を静かに通り過ぎて犬の散歩に出かけたりする。日本よりは少しはいいかもしれないが、やはりホームレスの生活は言うまでもなく悲惨だ。




先日、元TBSのアナウンサー川田亜子さんが亡くなった。若く美しく、仕事にも恵まれ、収入も世間が羨むほどあった。人気もあった女性が車内で自らの命を絶った。僕は彼女を写真でしか知らない。どんな表情で話すのか、どんな声をしているのか、彼女について何も知らない。でも、とてもショックだった。

おそらくほとんどすべての女性たちが求めているものを彼女は持ち合わせているように見えたのに、彼女はこの世に見切りをつけた。

決して少なくない日本人女性が彼女のように死の瀬戸際まで追い込まれている。

恋人は頼りにならない。
家族に心配をかけたくない。
友達はいない。
人生をひとりで生きていく決意を胸に秘めている。
だから仕事は絶対で、仕事上のいかなるストレスにも耐えている。


                      ☆     ☆  


僕は一時期、日本語で文章を書くことに絶望して約5年ほど書くことをやめていた。まるで死体に向かって語りかけているような虚無感に耐え切れなくて、逃げ出したのだ。

それからまた再び書くようになった。
そして今はあの頃とちょっと違う。

                       ☆     ☆  


タイの女性たちの多くがとても元気なのは、死ぬ間際まで愛してくれる男を知っているからだ。だが、日本の女性の多くはそのような男を知らない。自分の愛している男に深く愛されている女性は最も美しく魅力的だということをタイに来てから知った。日本にいる時はそのことに気づかなかった。




今年中にインド、ネパール、チベットを旅したいと思って少しずつ調べている。最近また、新しい国で新しい人たちに出会いたいと思い始めてきた。


チベットから見たヒマラヤ山脈。





友達はひとりでも多いほうがいい。





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インド北部に暮らすチベット難民たちの子供たち。
2008-05-23 Fri 19:14
タイで知り合ったタイ人を通じて、北インドに数多くのチベット人難民が暮らしていることを知った。僕はそのことを知らなかった。

中国共産党政府は1959年からチベットを統治し続けているのだが、僕は中国がチベットを植民地支配していることも知らなかった。インドの北、ネパール北部の国境に接しているチベットだが、地図上にチベットの国名はない。



これまで13万人を超えるチベット人が標高3000メートルを超えるヒマラヤ山脈を徒歩で登り、何日も歩き続け、自由を求めてチベット亡命政府のあるインドのダラムサ-ラやネパールの首都カトマンズにむかった。中国政府の支配下にあるチベットの人々には自由がなく、大変貧しく、チベットの子供たちは幼稚園にも小学校にも通えない。そのため、学校でどうしても勉強したいチベットの子供たちは、自分の国を捨てて、チベットの隣の国であるインドやネパールに向かうのだ。


                  ☆                   ☆

≪(中略)アムネスティーインターナショナル,レフュジィーインターナショナルなどの国際的なNGO(非政府組織)によれば、チベット総人口の五分の一に当たる120万人が中国政府の圧政のためにこれまでに亡くなっている。又、未だに多くのチベット人達が「政治犯」として牢獄や強制収容所で惨めな生活を強いられている。6000以上もの寺院、僧院、歴史的建築物が過去数十年の間に破壊された。文化大革命時の破壊の規模は特に凄まじかった。ダライ=ラマ十四世がチベットの首都であるラサを離れインドへと亡命した1959年以来、計10万人ものチベット人達がヒマラヤ山脈を徒歩などで越え、インド或はネパールの難民居住地へと避難している。同伴者のいない幼い子供達を含む多くの難民が逃避行中に様々な苦境に直面している。ヒマラヤ山脈での凍傷に加え、中国或はネパールの国境警備隊によるレイプ、強制逮捕、虐待などの被害に遭うこともしばしばである。(チベット問題に詳しいビデオジャーナリスト田中邦彦さんのホームページより)≫


                  ☆                   ☆


ヒマラヤ山脈を徒歩で越え、インドやネパールにむかうチベット人難民たち。
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ヒマラヤを越える子供たち(ヒマラヤ山脈を徒歩で越える子供達のドキュメンタリーフィルムです)。




ヒマラヤ山脈を越える途中に多くのチベット人が力尽きて死んでしまう。中国人にライフルで撃ち殺されてしまうチベット人もたくさんいる。

中国軍がチベット人巡礼者を無差別に撃ち殺す映像。


一度自分の国を離れたチベット難民の子供たちはもう二度と家族と会えない。インドやネパールになんとかたどり着いたチベットの人々はマイナス40度のヒマラヤ山脈を歩いてきたので、重度の凍傷にかかってしまう。手足を切断しなければならないことも多い。手や足を切らないと命に関わるからだ。










                   ☆                   ☆

僕は以前、タイ・ビルマ国境の難民キャンプを訪ねたことがある。少数民族であるカレン族が殺害のおそれのある祖国(ビルマ)を離れて、何万人ものカレン人が難民キャンプで暮らしていた。彼らの多くはビルマのジャングル内に仕掛けられた地雷で足を失っていた。彼らはミャンマー人兵士による拷問、強制労働、レイプなどの辛い経験を祖国でしていたが、皆一様にいつか祖国へ帰りたいと語っていた。みんな自分の国を心から愛していた。

僕はこの時、難民問題は政治問題なので問題の根がとても深いという印象を持った。難民は戦争から逃れてきた人々で、戦争は政治と宗教、民族問題が複雑に絡み合う。

ビルマの独裁政権の背後にも中国政府があった。
チベット問題の黒幕も中国だ。
だが、世界は経済成長を続ける中国に食わせてもらっているので、敵に回したくない。


                   ☆                   ☆


インドやネパールには13万人を超えるチベット難民が暮らしている。みんなとても貧しく、仕事もお金もない。1ヶ月毎日休みなく仕事をしても、日本円で4000円も稼げない。一日100円もお金ではとても暮らしていけない。



インドやネパール、そのほかの外国に住んでいるチベット難民の子供たちは、祖国に両親が生きているのにもう2度と大好きなお父さんやお母さんに会えない。凍傷のため、たくさんの子供たちは手や足がない。そしてほとんどだれも助けてくれない。



あるチベット難民支援者の話

「子供たちは身の安全を守るため、チベットに残った親と電話はおろか、手紙のやりとりすらも危険であるとして、連絡を取ることができなくなってしまうのです。 (中略)なぜそれほどまでの危険を覚悟の上で、亡命をするのでしょうか?現在中国の支配下にあるチベットでは、チベット民族は「緩やかな民族浄化」の道を辿っているからです。親たちは、せめて子供たちだけでもダライ・ラマ法王がお住まいのインドでチベット人としての教育を受けさせたい、と願い、二度と会えない覚悟で子供を密かに亡命するグループに預け、送り出すそうです」

追伸 今年の3月にチベットのラサで起きた暴動で中国人民軍に虐殺されたチベット人たちの遺体の写真です。血の海となった凄惨な死体です。


チベット人権民主センターのページ




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村上知奈美さんの『歯みがきプロジェクト』から歯ブラシ100本がバンコクに無事到着しました。
2008-05-19 Mon 22:19
村上知奈美さんの『歯みがきプロジェクト』から歯ブラシ100本がバンコクに無事到着しました。といっても、今日のタイは祝日で郵便局はお休みで、明日郵便局で歯ブラシ100本を受け取ります。今日は郵便局の配達員が僕のゲストハウスまでやってきて、引き換えを僕に渡して受け取りのサインをした。明日一番で郵便局に行って、明日から『歯みがきプロジェクト(東南アジア版)』をスタートします。


*村上知奈美さんから届いた100本の歯ブラシです。





ところで先日、このブログでチベット難民が作った手作りノートのプレゼントのお知らせをしましたが、ある読者の方から、


「友達や知り合いにプレゼントしたいので、数十冊ほしいのですが・・」


と言われた。とてもうれしかったので、タイを拠点にしてアジアの難民支援の活動をするのもいいかもしれない、と思った。同様の商品を豊富に扱えば、おもしろいお店になるかもしれない。

ということで、前回のノート以外の商品をとりあえず今回紹介させてください。もし購入希望、または商品に興味のある方は下の『拍手』から入っていただいて、質問等その他なんでも坂本までお申し出ください。


前回のプレゼントの色違いの手作りノートです。


写真がよくないのですが、これも手作りノートです。上記の商品よりもずっと大きめなサイズです。縦20cm、横10cmぐらいで、紙質は和紙に近いです。


直径4cmほどのお香入れだと思います。


ビーズで花の模様が描かれていて、とてもかわいいです。




また、すてきな商品が見つかったらご紹介します。


坂本豊



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歯みがきプロジェクト(東南アジア編) が正式に決定しました。
2008-05-16 Fri 18:59
坂本さんへ

メール、ありがとうございました。坂本さんからのメールを読ませていただき、タイへの郵便は心配ないということがよく分かりました!

歯ブラシ100本、タイに送らせていただきます。
くれぐれも、よろしくお願いいたします☆

村上知奈美

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

坂本です。


一日も早く歯ブラシが無事到着して、早速行動に移りたいです。僕が先日知り合ったニュージーランドに暮らす女の子はタイに来るときはバンコクのホームレスの人たちに古着をあげているそうです。みんな自分で考えて、それぞれのやり方で彼らと接していたんですね。とてもうれしかったです。

僕のブログ上でも『歯みがきプロジェクト(東南アジア編)』は大変な反響で、僕はたくさんの人たちに応援されています。

僕は日本人が少しずついい方に変わりつつあるような印象があります。ほんとうに少しずつですが・・・。

先日、知奈美さんのブログで知奈美さんのお子さんの写真を見ました。とてもかわいいですね。

僕ら大人には、子供たちが幸せに暮らせる社会を構築する責任があります。そしてホームレスの支援活動は大事なそのひとつですが、バンコクでホームレスの支援組織はほとんどないようです。また、ホームレスの人たちに声をかけていく市民の姿もありません。でも、ある一部の日本人のように彼らを冷やかしたり、馬鹿にする人はタイでは全く見かけません。一度もありません。きっかけがあれば、大きく変わる予感はあります。

歯ブラシを通じて、何かが大きく変わればいいですね。


坂本豊

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

『歯みがきプロジェクト(東南アジア版)』が正式決定しました。今、東京から送られた歯ブラシ100本がタイのバンコクにむかっています。

≪ほんとうに上手くいくんだろうか?≫

という漠然とした不安が僕のなかにあるのだけど、タイと数多くのタイ人たちには僕がタイに訪れるたびに何度も何度も助けてもらったという大変な恩があるので、ホームレス支援がその足がかりになるのではないかということも、ほんとうはとてもうれしい。大丈夫だと思う。

中国で地震で被災した人々の救助にあたっている日本人に負けないような活動をしたい。








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チベット難民の手作りノートを読者の方1名さまにプレゼントします。
2008-05-14 Wed 18:42
日頃、僕のブログをかわいがってくれている読者の方々への感謝の気持ちを込めて先日僕がバンコクで購入した、インドで暮らすチベット難民が作った手作りノートブックを抽選で1名さまにプレゼントします。




おそらく応募は2人か3人ぐらいが予想されますので、応募すればほとんど当選したようなものです。応募総数が3人ぐらいなら全員にプレゼントします(おお、こんなことを言って大丈夫なのだろうか?)。

締め切りは今月5月25日(日)までです。
また応募が奇跡的に10人あった場合は、締切日を待たずに応募を締め切りますので、ご了承下さい。

厳選な抽選の後、プレゼントをお送りします。

この記事下の『拍手ボタン』から入って、あなたの氏名、住所、あとこのブログのご感想を残していただくだけで結構です。プレゼントの写真は後ほどアップします。




『プレゼントのノート情報』

縦15cm、横10cmぐらい。
紙質は和紙に近いです。


応募資格は、僕のブログの読者の方全員です。
ふるって、ご応募下さい。


鷹村豊




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辛い現実から逃れるためではなくて、現実に立ち向かうための物語。そして村上春樹さんのロングインタビュー集。 
2008-05-13 Tue 11:57
いま、これをバンコクのゲストハウス備え付けのパソコンから打っています。タイ時間朝の6時47分、今日も灰色の曇が空全体を覆っている。雨がいまにも降り出しそうだ。湿気が高めで、気温は日中でもそれほど上がらない。

昨日、サヤームスクエア(タイの渋谷のような若者の街)の映画館で吉岡秀隆主演の『ALWAYS 2』を初めて観た。東大文学部卒の売れない作家茶川(ちゃがわ)扮する吉岡が下町で人情溢れる多くの人々に支えられて生きていく、というストーリーだった。僕は泣いてしまった。今年、テレビの衛星放送でオードリーヘップバーン主演の不朽の名作『ローマの休日』でもそうだった。ラストシーンで王女(オードリーヘップバーン)が愛する新聞記者の前で毅然と振舞っているのだけど、彼女の気持ちを思うと僕は涙が止まらなくなってしまった。僕は最近よく泣いてしまう。なにか小さなことで感動し、涙が出てくるようになった。人前ではさすがに泣かないけど・・。

これも昨日。初めて入ったカフェでアメリカン・ブレックファストをオーダーして、大麦パンとベーコン、ソーセージをのんびり口に運びながら、よく冷えた絞りたてオレンジジュースとコーヒーを飲んでいたら、その店のオーナー経営者の一人(これはあとでわかったことだった)で、大学生の女の子が店を険しい顔つきで入ってきた。そして僕の隣に腰掛けてがっかりした感じでこう言った

「あなたが来る前に来た客に財布やキャッシュカードなどの貴重品の入ったバックが盗まれたんです。クラブ・サンドイッチを二つオーダーして私たちが厨房で料理をしている隙を狙われたんです。店に来る前にその男を見かけませんでしたか?」

と言ってから男の特徴を説明し始めた。でも、僕はその男に見覚えがなかった。まさか、これから行こうとするお店の女の子のバッグが盗まれているとは夢にも思わなかった。そして、僕も君と同じ目にカンボジアで遭ったことを説明した。僕はぱっとしない男かもしれないけれど、こういうロクでもないことに関して言えば僕は経験豊富なのだ。

ー転車のカゴに入れたバッグを二人組みのバイクに乗ったスリに盗まれたこと。
∨佑瞭本語学校で仕事をしていた青年に貴重品を盗まれたこと。

ほかにも山ほどあったけど、とりあえずこれだけ実例を挙げて、君がどれほど今ショックなのか僕にはよくわかることを説明し、銀行のキャッシュカードに使用停止、警察への連絡等のアドバイスをした。彼女はあまりのショックで泣き出しそうだったけど、厳然とした現実に黙って対処しているように見えた。それから何度か深いため息をついた。バッグの中には今月分の家賃5000バーツ(日本の感覚で約5万円ぐらい)が現金で入っていたらしい。もし、僕は家賃5万円を盗まれたら、しばらく立ち直れないと思う。

「ここカオサン地区は、治安がとても悪くなってきているの」

とも言っていた。タイも年々治安が悪化してきているらしい。僕は話題を変えるため(嫌なことは思い出したくもないからね)に今、小説を書いていることを言うと、どういうわけかものすごく興味があったみたいで

「英語であなたの小説の出版の予定はないんですか?英語なら読めるんだけどな」

と言われた。彼女はタイ人には珍しく本好きで、店内には洋書が所狭しに本棚に並んでいた。

「残念ながら今のところ、英語での出版予定はないんです」

というと、彼女はそれほどがっかりした様子ではなかった。まあね、僕の小説なんか読めなくてもゼンゼン困らないもんね。ひねくれて言うわけじゃないけれど・・。



現実から逃げるためではなく、現実に立ち向かうための物語が僕には必要だ。傍にいてくれるだけで安心する恋人や大親友のような物語を毎日捜し求めている。

ギリギリの所までそこに降りていって、そこで彼等と会話をし、物語にする。





村上春樹氏:ロングインタビュー 僕にとっての<世界文学>そして<世界> 第1回=翻訳の限度は50年

 「フィッツジェラルドはずっと訳してきたけど、それ以外は同時代的なものを中心にやってきた」村上さんが、「古典」に挑むようになった理由は三つある。一つは「だんだん翻訳の手ごたえがつかめてきて、そろそろ僕の腕でもできるんじゃないか」と考えたこと。次に「古い翻訳がちょうど『賞味期限切れ』の時期に来た」タイミング。そして「同時代の新しい作品の翻訳は若い翻訳者がやるべきだ」という考えからだ。

 二つ目の理由については、日本語の文体そのものの変化により、「限度は50年」と話す。今は1960年代前後の文学全集ブーム時に盛んに訳された作品が、次々と「期限切れ」を迎えているという。

 4作に共通する要素として、村上さんは「都会が舞台になっている」ことを挙げる。確かに『キャッチャー』『ギャツビー』『ティファニー』はニューヨーク、『L・G』はロサンゼルスが舞台だ。「結果的に都会小説みたいな文体の作品が僕の翻訳の中心になっていますね」

 この「文体」こそ、村上さんが4作それぞれに魅力を感じ、探究してやまないところだ。中でも「チャンドラーの文体にすごくひかれる」と言葉に熱を込めた。「あの人の文体は何か特別なものを持っている。何が特別なのか昔から疑問だったんだけど、訳してみてもまだ分からないですね」

 その文体の秘密に対する強い関心は、『L・G』に長文の「あとがき」を執筆したところにも表れている。そこで村上さんは、〈一種のブラックボックスとして設定〉された「自我」の扱いに、〈チャンドラーの創造的な部分〉を見ている。

 一方、フィッツジェラルドとカポーティの文体については「とにかくうまい、きれい、リズムがいい、流れる。これに尽きる」と話した。とりわけフィッツジェラルドからは「文章に対する志の高さ」を得たという。「だから自分の書く小説の文章もまだ直せると思う。それはフィッツジェラルドの文章が僕にとってスタンダードになっているから」

 また、この二人の文章は「僕が書くタイプの文章ではない」と、自らの作品の文体も分析してくれた。「そんなに流麗な文章は僕は書かない。ただ、そういう文章の艶(つや)とかリズムとか流れを、僕はもう少しシンプルな言葉で出したいと思っている」


村上春樹氏:ロングインタビュー 第2回=物語の骨格、文章のリズム 名作4作の翻訳通じ学ぶ


 4作の翻訳は、自身の創作にとって「大きな意味がある」と話す。「物語の骨格は、フィジカルな意味でしっかりしなくてはいけないという気持ちが強くなった」。もう一つ、強調するのが「文章のリズム」だ。「小説が人をひきつけるいろんな要素の中で、リズムは大きい。リズムの滞っている小説は、一部の人が長く読んだり、たくさんの人が短期間読むことはあるけれど、たくさんの人が長い時期ずっと読み続けることはない」

 定評を得ている村上訳の読みやすさも、この辺に鍵がありそうだ。実際、「日本語と英語では言葉の配列が違うから、その通りに訳してもなかなかリズムが出てこない。そこでどうリズムを出すかが翻訳家それぞれの個性になってくる」と話した。

 興味深いのは、「英語の文体を日本語に移し替えていくのは、数学の問題を解くのに似ている」と語る独特の翻訳論。「どうしても解けない数学の命題を一日がかりで考えるのと同じで、なぜここにこの言葉があるのかと、ずうっと考える。向き不向きもあるけど、僕はそういうのが好きだから」

 では、自ら火付け役ともなった最近の古典作品の新訳ブームを、どう見ているのか。村上さんは、教養の「並べ替え」が進行しているという。「新訳を出す価値のあるものが出版されるわけです。並べ替えが行われて、新しい教養の形が見えてくるんじゃないか」。自身も、既に進めているチャンドラー『フェアウェル・マイラブリー(さらば愛(いと)しき女(ひと)よ)』など、「昔から訳したいと思っていた作品」の翻訳に引き続き意欲を示す。

 実は、村上さんにとって特別な存在の小説はアメリカ文学以外にもある。以前から、『ギャツビー』『L・G』とともに「これまでの人生で出会った最も重要な3冊の本」に、ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』を挙げていた。「僕が個人的に偉大と考える作家を一人だけ選べと言われたら、ドストエフスキー」と断言する。「『カラマーゾフの兄弟』や『悪霊』が僕にとって意味するのは、小説としての骨格の大きさ。これはもう別格ですね」

 バルザックやディケンズら他の文豪との違いは何か。「ドストエフスキーはだんだんすごくなっていった。モーツァルトやシューベルトのような天才肌というよりは、ベートーベン的というか、苦労しながらたたき上げて、積み上げて、最後に神殿みたいな構築物を作り上げた」


村上春樹氏:ロングインタビュー 第3回=新作は大長編に


 執筆中の新作についても答えてくれた。よく知られるように、村上作品には短編、中編的な長編、そして『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』のような大長編という三つの系統がある。ファン待望の次の大長編は「06年のクリスマスから始めて、1年5カ月ぐらい書き続けている」。つまり『ねじまき鳥クロニクル』を超える、村上さんの最長の小説になりそうだという。また、「僕は宿命的に、一人称の小説から、だんだん三人称の小説に移行している」と、この作品が三人称で書かれることも示唆した。

 新作の背景として、カオス(混沌(こんとん))的な状況に陥った冷戦後の世界に関する認識も語った。その予兆は95年の阪神大震災と地下鉄サリン事件にあり、「9・11」事件後に顕在化した。「僕が今、一番恐ろしいと思うのは特定の主義主張による『精神的な囲い込み』のようなものです。多くの人は枠組みが必要で、それがなくなってしまうと耐えられない。オウム真理教は極端な例だけど、いろんな檻(おり)というか囲い込みがあって、そこに入ってしまうと下手すると抜けられなくなる」

 だが、そうした状況でこそ文学は力を持ち得るという。「物語というのは、そういう『精神的な囲い込み』に対抗するものでなくてはいけない。目に見えることじゃないから難しいけど、いい物語は人の心を深く広くする。深く広い心というのは狭いところには入りたがらないものなんです」

 来年にはデビューから30年の節目を迎える村上さん。その作品は今や40を超える国・地域で翻訳されている。これほど世界的に読まれた日本人作家は過去に例がない。「91年にアメリカのプリンストン大に初めて行って、生協の書店でやったサイン会には30分で4、5人しか来なかった。今はアメリカでサイン会を開くと2時間はかかる。もちろん、うれしいけど、なぜこんなに読まれるようになったのか、よくわからない」

 最後に、理想とする文学について聞くと、即答が返ってきた。「何回でも読み返せる作品です。それ以外の試金石はない。そのために、リズムのいい文章で人の心に届く物語を書きたい。それが僕の志です」=終わり




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ドストエフスキー「この世において最大の地獄は、人を愛せないことだ」
2008-05-09 Fri 01:23
みんな、元気かな?

先日実家から送った本約50冊がようやくカンボジアに到着した。ペスト(カミュ)、カラマーゾフの兄弟(ドストエフスキー)、審判(カフカ)その他ツルゲーネフ、スルジェニーツィン、カポーティ、吉本隆明などの著書が僕のベッドの枕元に山積みになっている。1ヵ月半かけて無事着いてほんとうに一安心した。

僕の住むシェムリアップ市内と近郊にはスキー場や遊園地、温泉地等の娯楽施設がない。まともなコンサートホールもない。だから休日には何もやることがない。どこへも行けない。だから本は僕のような本好きには本は何事にも代えられないほどに大変貴重なのだ。

週末から私用を兼ねて半年ぶりにタイのバンコクへ行く。日本から帰国後のこの2ヶ月弱はまったくひどかった。その分だいぶタフになれたかもしれない。


話題を少し変えよう。

ビルマ(ミャンマー)の米大使代理の電話インタビューによると、今回のサイクロンでビルマ人約10万人が死亡したと伝えている。カンボジアには支援活動等で数多くのオーストラリア人が働いているため、オーストラリアの国営ラジオ放送ABCが入る。そしてビルマに暮らすオーストラリア人たちが水面に浮かぶ多数のビルマ人を目撃したという報告をしていた。彼らの報告は僕の貧しい想像力においてさえ、凄惨な現状をイメージとして無情に喚起する。

そしてオーストラリアは何ができるのかということが連日議論されている。ニュースをただ垂れ流すだけとは全く違う。彼らは行動に移すために正確な情報を素早く集め、議論し、解決策を発見し、ただちに行動する。

改めて言うまでもなく日本とは違う。カネだけ出したところで世界では相手にされない。それだけのことなのだが、ほとんどの日本人がそのことに気がついていない。僕はそのことをとても恐ろしく感じている。



本の話に戻そう。


ロシアの文豪ドストエフスキーは『カラマーゾフの兄弟』で神という存在を作り出した人間の根源に迫ろうとした。非常に興味深い。かつて僕がカンボジアで知り合ったベルギー人がこんなことを言っていた。

「現代の欧米人は他宗教、他民族間の殺し合いの元凶となっている『神の存在』に疑念を抱きはじめている」

僕は今日から『カラマーゾフの兄弟』を読んでいる。




ドストエフスキー「この世において最大の地獄は、人を愛せないことだ」




僕もそう思う。





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